トゥントゥントゥントゥントゥントゥン
スマホの着信音がなる。
表示された名前を見てビックリする。
――西村さん―――
「はい!」
「あぁ、もしもし?千石さん??」
「はい、千石です。お元気ですか?」
西村さんとは、20年前からお世話になっている料理店のオーナーさんだ。
私は雑誌出版社の契約社員をしていた。
そこで最後に広告の営業をしかけた相手が、西村さんだった。
「自分、うちの料理食べたことないのに広告なんて出せへんやろ?」
あのときそう言われたのを思い出す。
当時私はその会社の副社長に
「3ヶ月勤めてもらった後、正社員にします」
と言われていた。
編集、流通、営業と様々な部署を転々とまわされる中で、
正社員の話はいつのまにか消えていた。
そしてある日、社長にこう言われた。
「3月末でこの会社と、もう一つの会社を合併して、新しい会社を立ち上げることになった。そこでも、契約社員から始めてもらおうと思ってる」
その場で私は答えた。
「新しい会社には行かず、辞めさせてください」
今思い出せば、私はなかなかの使えない契約社員だったんだと思う。
さして止められもしなかった。
「ゴールデンウィーク明けまでは勤めてくれるか?」
とだけ言われた。
旅行雑誌を扱っている手前、そこまでが大変な時期だったみたい。
ただでさえ営業の人数が足りてなかったのだ。
ここまでお世話になったので、5月中旬まで勤めさせていただいた。
ただ、仕事はこなすだけ。
次に繋げようという気持ちは、もうなかった。
そんな中で出逢ったのが、西村さん。
「食べてみる?」
「え、でも…」
「大丈夫や。金払えなんて言わへん。試しにステーキだけ食べていき。」
高級な料理店だったので、ビビってしまっていたのが丸わかりだった。
「いいんですか?」
「ええよ。度肝ぬいたるわ。」
そして、
――度肝抜かれた。
「うまいやろ?」
「いや、もう、ちょっと想像を絶するというか。」
で、ついつい上司とかけあう。
「このお店を扱わないと、ガイドブックとして残念すぎると思うんですよ。
半額でも広告出してもらった方がいいです。」
初めてアツくなって語りまくった。
しまいに上司が折れ、
「わかったわかった。ちょっと話通しとくから、そっちはそっちで進めて。」
「ありがとうございます!」
西村さんには、「話すすめといてなんですが、実は私自身は5月に会社を辞めることになっていまして」とお伝えした。
「えぇ!?せっかくオモロイ人と仕事できると思ったのに。
そかそか、まぁ、しゃーないな。」
それから20年、年に一度はお店にお邪魔している。
でも、西村さんから連絡が来るなんていうのは珍しすぎた。
「どうしたんですか?」
「いや、この前持ってきてくれた日本酒あるやん?
あれ、めっちゃ美味しくて。どこで買えるん?
年末年始で呑もうおもてな。」
ついつい笑顔になり、スマホに語りかけるのであった。
後日談↓
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