年末帰省。
親に木の剪定を頼まれた。
なかなか親孝行もできないのでと、すぐ始める。
「道に出てるところ全部切ってくれ」
「高さを低くして」
言われるまま、片手ノコギリでキコキコ切っていく。

切っては庭に投げ、切っては庭に投げしていると、どんどんたまっていく。

自分が住んでいる場所の常識だと、この木を軽トラで集めてくれる場所に持っていく。
でも、都会の住宅地は違うらしい。
「どんと焼きで焼いてもらったり…」
「無理や。そもそも中止になった。」
どうするのかというと、
- 細断して、
- 袋につめ、
- 燃えるゴミで出す、
のだと。
この山を?

「業者に依頼して持っていってもらったら?」
「ゆっくりやるからエエ」
まぁ、そうかぁと。
ゆっくりやればいいんだなと。
俺が帰ってから親がやるのなら、俺も帰るまでは、できるところまでゆっくりやろうかなぁと思った。
なんでもかんでも、終わらしたい気持ちがある。
仕事を片づけるというのは、気持ちがいいから。
でも、終わるか終わらないか分からないことを、1つ1つ丁寧にやっていくというのもいい。
こういうことを考えられるようになったのは、日々ログをやっているからだろう。
終わりがない遊び。
永遠にためていくログ。
どこまで極めても極まらない。
そういうのもいいよな。
なんて思いながらやっていると、子どもが手伝ってくれた。
終わらないと思っていたことも、

1つ1つやっていると、

終わりが見えてくるものらしい。
こうなってくると不思議なもので、終わらないでほしくなったりするから、なんともままならない。
知らんけど。